2022年、大学4年生。きちんと楽しみきれるのか

2022年、21歳の目標 

・就活をやりきる→達成!

・卒論を書いて大学を卒業する 

・明大メディアをきちんとビジネスとして展開する

・今しかない人間関係を楽しみながら、考えたこと全てを行動に移す。

 

4月

終活&まとめ

第一志望に内定まで 7day

内定先との連絡調整  2day

関係者各位にお礼の連絡メール 2day

お世話になった人に報告 2day

 

明大メディア

広告営業

インスタ強化
ウェブサイトの新設

メンバーへの説明と収益の分配の改善

友達と会う。遊ぶ。

 

服を買う・髪を切る。垢ぬけ。 2day

バイト始める 5day

スマホ買い替え 2day

新学期開始

 

5月

GW→授業

明大メディア

新しく2人採用する

東大・早稲田・慶應日本女子大メディアと繋がる

インスタ3000→4000

就活イベント開催

長期インターン紹介

ミスコンの準備

 

バイト

大学の課題

内定者座談会

シェアハウスの内見×3

「明大メディア」が歩んだ道のり、中の人が考えたこと

運営している「明大メディア」のTwitterがそろそろフォロワー1万人達成を目前に迫っています。

 

この記事では、その記念に、自分が大学生として「インフルエンサー」にどうして憧れたのか。インフルエンサーになるために、何を、なぜ、いつから、誰と、どのように発信したのか。その道のりや苦難、そして学んだことや思っていることをまとめました。

 

フォロワー1万人にちなんで、文章も1万文字になってます。うまい。「何もうまくないわもっと簡潔に書け」?すみません、無理でした。どうぞ。

 

 

2019.11 始めたきっかけ__意識高い系中島と塾生情報局

明大メディア(旧 明大情報局)を始めたきっかけはインターネットの匿名ブロガー「意識高い系中島」の中の人の誘いです。

 

「意識高い系中島」は、向上心や独立自尊的な思想を切れ味鋭く綴ることで、大学生など若い世代を中心に支持を集めていたブロガーです。自分もそのファンの一人で、高校生の時に彼の文章を読んで引き込まれ、その執筆活動を初期から(2018年ごろ~)ずっとフォローしていました。そして、大学に入って実際に彼の開いていたオフ会に参加して中の人に会いに行き、その後も活動を時々お手伝いする関係にありました。

 

そして、初対面から半年ほど経ったある時「塾生情報局の明治大学バージョンをお前がやってみないか?」と彼から声をかけられました。それが2019年の10月頃のことです。

 

 

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「塾生情報局」について

 

塾生情報局は大学の試験や学事日程、サークルについて発信する、慶應義塾大学の学生のためのウェブメディア。履修を組む時に気を付けること、慶應生が知っておくべき大学の制度などを学生目線で発信しており、2022年現在のTwitterフォロワーは2.2万人、インスタも1万人に切迫する超ド級のアカウント。慶應義塾大学Twitterが1.2万人なので、その大学公式を学生が作ったものが優に超えています。

 

そして、この塾生情報局の成功を見ていた中島から、パクって明治大学の情報局をやってみろということで僕に声がかかったのでした。

 

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話を自分の大学入学時に戻します。大学の新歓の時期を思い出してほしいんですが、だいたいみなさん通常4,5人組のクラスメイトやSNSで作った友達と群れを成して、新歓活動や4,5月の授業を受けますよね。(どうせすぐに会わなくなるのに。)

 

自分はそういった器用な立ち回りをしませんでした。(というか、できませんでした)。周囲に合わせるよりは自分の思ったように動きたいと思っていたので、新歓期は自らの足でサークルのブースを片っ端から一人で回ることで情報を集め、履修はシラバスとHPを細部まで読み込む力技で、ぼっちに冷たいはずの大学生活をサバイブしていました。

 

ましてやTwitterで事前にハッシュタグで情報を集めたり、#春から明治 で入学式に一緒に行く友達を彼らが作っていたなんて知りもしませんでした。

 

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自分はそんな人間だったので、塾生情報局を見た時に大学系メディアの意義と可能性はすぐに理解できました。これの明治版をやれば、かつてのように新歓期間に友達が少なく情報が集められなかった僕のような人間からしたらめっちゃ助かるな、と。運営していくにつれて、その思いは強くなっていきました。

 

大学は入学時点で8割方その役目を終えており、(特に私立文系の教育内容は)ほとんどど意味ないよねっていう意見がありますよね。

 

自分も大学の教育から学びたいという思いはあまりなかったです。ただ、大学に意味がないからこそ、そこで下手に損をしたり無駄な苦労をする必要もない。楽できるところは楽して、あとは自由に大学生活を過ごしてほしい。その手助けをする行為には、少なくとも多少は意味があるだろうと思いました。

 

 

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個人的な話になるのですが、僕は当時から表現を通じて人の心を奮い立たせ、熱烈な読者やファンに支えられ、経済的に独立し、やりたいことを追求する中島のような「インフルエンサー」に憧れていました。

 

僕が高校生だった、2017年~2019年あたりは、ブロガーやインフルエンサーの絶頂期で、田端信太郎はあちゅう、イケダハヤト、藤沢和希、ちきりん、八木仁平、マナブさんなどの輝きを見ていました。

 

それで「あんな風に自由に生きて、発信して多くの人から承認されたい!」と発信者に希望や夢を抱いていました。

 

その強い憧れによって僕は、ラグビーで靭帯断裂しながら、駿台に通い詰めて必死こいて勉強し、大学付属推薦を蹴り、明治大学にたどり着き、合格した直後から、さっそくTwitterとブログで発信を始めました。

 

最初は受験勉強、小説の書評、ラグビーライフハックなど、多種多様なジャンルの発信を試しました。しかし、一向に反応は増えませんでした。それでも何者にもなれない自分自身をなかなか認めることができなかったため、しばらく更新は続けました。

 

そして、エントリー数はブログ開始から8か月ほどで120記事ほどまで増えたところで、依然として増えないアクセスボードを見て、僕はやっと、その自らの無能さと何者でもなさを受け入れることにしました。

 

「自分には人に教えられるほどの知識も経験も、何もない!」

「際立った文才や世界観も、何にも!ない!」

 

そのことに気づけて、身に染みたのが1年生の前半、18歳の時でした。

 

だから、今振り返ると、夢を打ち砕かれた状況で、中島から「明治大学」という発信のテーマが偶然降ってきたことは幸運でした。明治大学の自分より下の学生に向けて、大学の制度やお得な情報を流していく。これなら自分にもできそうだ、と。自分の持てる知識・経験と、人々が求める情報が初めて重なり合ったところから、明大メディアは始まりました。

2020.2  始めた当初の思い・コロナの追い風

2020年の頭は、塾生情報局を見よう見まねで、流行りのハッシュタグや、明治の芸能人やスポーツ選手のニュースに乗じて、ちまちまと相互フォローでフォロワーを増やしていきました。あとはプレゼントキャンペーンを行って、強引にフォロワーを増やそうとして、一部で叩かれたりしていました。

 

そうやって試行錯誤しているところに、コロナという大きな追い風が吹きます。

 

1年生の終わりに未曾有のパンデミックが始まってから、大学の対応は半年近く右往左往することになります。当然そこに生じたのは学生側の圧倒的な情報不足と大混乱。

 

明大メディアはその不安の解消のため、大学のオンライン授業についての対応や、新入生が今やるべきことを全力で配信していきました。といっても、自分も大学が始まらなくて暇だったので、チェックするついでにまとめていただけなんですが。

 

当時は、起こること全てが例外で、みんなパニックになっていたので、画面越しにすがるような思いで明大メディアをチェックする学生が目に浮かびました。だから、コロナが流行りだした春の時期は、非常に発信にやりがいを感じられました。

 

(実際、1年後に後輩と顔を合わせた時、中の人であることを明かすと、引くほど驚かれると同時に、「このアカウントのおかげで何度も助けられた」という多数の声をもらいました。これ以上に嬉しいことはありませんよね。)

 

そんなこんなで明大メディアを頑張って更新しているうちに、300人ほどだったTwitterのフォロワーは1か月ほどで2700人まで一気に増えたのでした。

2020.5  ライバル「明治大学情報局」問題

さて、明大メディアにはすでに同じようなことをやっている先行団体がいました。「明治大学情報局」です。

 

2020年のコロナの流行に乗じて(?)2つとも急速にフォロワーを増やした両アカウント。当時は明大メディアに名称を変える前だったので、明大情報局と明治大学情報局が別々で発信しているという状況でした。

 

案の定、SNSでは「どっちが本物なんだ?」「どっちかがどっちかに吸収合併されてほしい」という声も多数タイムライン上で目にするようになります。

 

これ違う団体なんですよ、紛らわしいったらありゃしませんよね。大丈夫です、中の人の僕が一番そう思っていました。

 

だったので、僕は明大メディアをやる意味について、とてもとても悩むことになりました。

 

こういうことを言うと「もっと始める前に調べておけば良かったのでは?」「市場分析が甘かったのでは?」という声が聞こえてきそうですね。そうですね、おっしゃる通りです。(うるせえ一生椅子に座ってお行儀よくグルディスしとけやカス)

 

でも、明治大学情報局は、自分が始めた2020年当初、Twitterのフォロワー1000人もいかないような弱小アカウントだったんです。対して僕はフォロワー300人ほど。どちらのメディアも、ちょっと友達が多い個人アカウントにも及ばないほどで、五十歩百歩だったのです。

 

このタイミングで僕が”正しい”判断をするのはめちゃくちゃ難しかった。要するに競合は自分が諦められるほど大きくなかった一方で、合流しようと思えるほどの可能性もまだ見えていなかったのです。

 

 

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明治大学情報局は2019年の頭にアカウントを作って発信を始めていましたが、1年近く停滞していたようでした、

 

ただ、向こうはどうやら団体として複数人で動いており、どうやらバックにプログラミング系の会社や学生団体がついているらしいということもわかってきます。

 

簡単に勝てる相手ではない。正面からやりあえば、間違いなく負ける。勝つor負けないためには、何かしらの工夫や差別化が必要になってきます。さあ、どうする。

 

そこでよくよく、明治大学情報局のページをチェックしてみると、足りないな?と思う部分が3つほど見つかりました。

 

1つ目に高校生に向けた発信をしているように見えた。(もしくは、明治大学の情報を誰に向けて届けているかが不明確に見えた。)

2つ目にSEOを意識しすぎているせいか、記事のタイトルや読者の疑問に対して、文章の内容がよくズレていた。

3つ目に学生ノリ、傲慢さが垣間見える冗長な文章が目立っていた。

 

情報局のメンバーが見たら「そんなことはない!うちはちゃんとやっている!」と言われそうですが、僕からはこう見えました。そして、であれば自分は

 

  • 内部の現役の明大生向けにターゲットを絞り
  • TwitterInstagramをフル活用して疑問にきちっと答え
  • エンタメ要素を排除して、プロ意識と誠実さをもって発信する

 

こうすれば追い越すことはできないにせよ、明大メディアにも存在意義が生まれるのではないかと考えました。そこで僕は開設しようか悩んでいたwebサイトは潔く諦め、Twitterとインスタに発信を集中させます。WEBマーケティング風に言うなら、ユーザーの流入経路がSEOからSNSへと変わっていることを察知して対応を変えたのです。

 

その他にも早稲田に落ちてしまうほどの足りない脳みそを振り絞り、さまざまな工夫を行いました。詳しくは説明しませんが、いつも見てる人はわかると思います。

 

徹底的なユーザー目線、限られた自分のリソースの効率的な配分、先行モデルである塾生情報局の動向の徹底的な研究によって、ありとあらゆる弱者の戦略を尽くしていきました。

 

対する明治大学情報局もその後、明治大学版の2ちゃんねる的な掲示板や、サークル紹介アプリをリリースしていきました。ただ、それらは正直どれも微妙で、実際周囲の友人の話を聞いたりタイムラインを眺めている感じでも、評価もいまいちなようでした。ライバルだから下に見たいという自分の先入観を抜きにしても、クオリティが下がってきている印象がありました。

 

あ、別にディスってないですよ。これは、運営が代替わりしたせいでしょう。自分もいずれ後輩に任せようとしたら同じ問題にぶつかる未来だと思うので、むしろよく引き継げて続いてるなと思います。

 

それでともかく、明治大学情報局に対して、明大メディアにもできることはあるんだと自分に言い聞かせて、もくもくと活動を続けたのでした。

 

 

 

 

あと、最初の半年間こちらが明大情報局として、名称を被らせたことについて謝罪とっ弁解をさせて頂きます。

 

先行の明治大学情報局としては、フォロワーを奪われる迷惑極まりない存在に映っていたことは理解しています。営業妨害だと、そちらが怒るのはもっともなことだなと。

 

それは、すみませんでした。

 

なので、指摘された際に、当日中に名称を明大MEDIAに迅速に変更して対応させて頂くことで、「情報局」の称号を譲りました。これが立ち上げから半年経った、2020年の5月13日のことです。

 

 

そして2022年現在、名称を変更してから1年9カ月ほど経っています。学生から明治大学情報局と明大メディアが違うことは、さすがに認知されてきたかなと思っています。

 

そしてそのうえで明大メディアも一定の支持を集めています。これは先述した徹底した学生目線の発信を、明大生のみなさんが判断してくれた結果だと思っています。

 

情報局メンバーの「アフィカス」などの誹謗中傷については、これまでもこれからも反応することはありませんが、ご容赦頂けると嬉しいです。

2020.8  新入生シーズン終了によるネタ切れと停滞

2年生の後半になると、大学生活も落ち着いてくるので、明大メディアが出せるネタもいよいよ尽きてきます。学生からの反応やアクセス数も減ったことで辞めようかとも考えました。

 

ただ、自分はサーバーを借りていたわけではなくSNSメインだったので、維持費用がかかっていませんでした。また1人でやっていたので誰かを繋ぎ留めておく必要もありませんでした。

 

そこで僕が取ったのは、続けもしないし、やめもしないということでした。アカウントは消さずに置いておいて、2週間に一回くらいログインして、ロックを解除だけして、また塩漬け。

 

つまり放置です。その選択に合理性は皆無。

 

他も並行して色々取り組んでいました。

2020.12 コロナのまま迎えた年末

2年生だった2020年、自分のメンタル面はだんだんと悪化していきました。上半期は外出もろくにできず、料理や映画で時間をつぶしたりして大人しくしてましたし、下半期も外出はできるようになったものの、人と会うのは依然としてはばかられるような状況でした。

 

筋トレ系のウェブメディアと学生団体を立ち上げたものの、次第にメンバーの集まりが悪くなっていきます。(のちに自然消滅。)行動しようにも機会が圧倒的に奪われて、その中でこれは!と思って取り組んだ挑戦も失敗に終わっていました。

 

そしてコロナは一向に明ける様子もないまま、2年生の年末を迎え、

 

「自分は本当に何もできていない」

「取り組みに意味はあるんだろうか」

「コロナがなかったらもっと違う楽しい生活を送っていたんじゃないか」

 

そんな思いに自分は苛まれました。まあ、少なくない大学生が2020年末に同じことを思ったと思いますが。

 

「2年も終わりになって永遠とパソコンでカタカタやっていて本当にいいんだろうか」

「大学をもっと楽しむ、他の方法があったのではないか」

 

そうして悶々とした気分のまま年が明けます。

2021.2 メンタルが限界を迎え、新宿の公園で泣く。運営2年目へ

明大メディアの他に、僕は2年生の終わりまでに、今すぐ叫びたくなるような黒歴史がいくつか残していました。

 

もちろん自分にも恐怖心、羞恥心、躊躇いなど人間らしい感情の機微はありましたが、何かしらのインフルエンサーに、何者かになりたいという欲望が強すぎて、それを意図的に全無視して突っ込んでいました。

 

そうやって、たくさんの挑戦を行い恥をさらしまくった僕はどうなったのかというと…残念なことに、2年生の2月時点で僕は何者にもなれていませんでした。

 

今思えば、もっといろんな人から考えを聞いたり、頼ったりすれば良かったなと思います。広告研究会、学祭実行委員会、大学生協、協議会、就活支援の無料カフェ、長期インターンなどで不特定多数の人と会っていれば良かった。そもそも大学でラグビーを準体育会でいいから続けるべきだったのかもしれません。その他にも、無限の選択肢があったと思います。

 

明大メディアだって、もっと早く人数を増やして、ダメもとでも企業に営業していくべきでした。

 

それでも僕は視野が狭いなりに精一杯を尽くしていたんですが。

 

そして、だからこそ、2年生2月時点で自分自身が「大学1,2年生をいろいろやってた、なんか変な奴」で終わりかけていたことは、深刻な問題でした。さらには、このまま変なだけの奴として、3年生になって、4年生になって、大学生活が終わる結末すらありえてきました。

 

そうすると、もう一人の僕がささやいてきます

 

「あ~…君はけっこう努力して行動したんですね。」
「でも、残念。あなたは能力もないし、才能もない。」
「あなたは一生、日の目を見ることはないでしょう。」

 

結果が伴っていない事実は静かに僕をのぞき込んでくる。避けることができないバッドエンドに導かれているような、そんな寒気がしてきました。

 

そうやって少しずつ蝕まれていた精神は、新宿中央公園でサークルの友人に誘われて飲んだ時に限界を迎えます。

 

自分が何者なのかわからない。2年経っても結果が出せない。

自分の存在がいつまでも証明できない、担保されない

靭帯断裂して、ラグビーを諦めた意味は?

松葉づえつきながら、独りぼっちでリハビリした意味は?

いけすかない駿台の先生と野郎どもに頭下げながら、死ぬ気で一人で勉強した意味は?

私文の大して変わらない大学に行くために、付属推薦の学習院を蹴った意味は?

自分のコミュニティでありアイデンティティだった、ラグビーを大学でやめた意味は?

その他にも恥を捨てて、全てに挑戦して、圧倒的に努力したのに?

なんだこのざまは?コロナのせいなのか?

違うだろう。それは、自分が無能だったからなんだ。

 

これらの感情をまくしたてた記憶があります。過去の選択に意味があったと言えるほど、当時の自分には、納得できる結果が追い付いていませんでした。明大メディアのTwitterのフォロワーはこの時2700人でした。

 

周りからは、面白がられやばいやつ扱いをされました。「トモヒロは頑張ってるんだね」という声はかけられました。いや、全然ちゃうねんと。

 

ぼくがこの時最も恐れていたものは「結果が出ていない」事実のその先にありました。それは、これまでに書いている、根源的な「自分が何者にもなれずに死んでいくこと」に対する恐怖でした。

 

その思いに共感できる感性をもった人間はあの時の新宿中央公園にはいませんでした。

 

そりゃあ「そうか、自分と同じ悩みを抱えた人間はここにはいないんだ。」ってなりますよね。まあ、いいんですけどね?

 

そうして最悪の気分で帰路につき、ドンキのクライナーとクッキーの混ざった吐瀉物を洗面台に思いっきりぶちまけてふて寝して、また翌朝、僕はまたいつものように駅前のドトールに向かったんですよ。まじおこ。

 

明大メディアがまた新入生シーズンで爆伸びすることはわかっていました。だから、何が何でも、ゲロ吐いてでも一人で結果出してやるよ、と

 

その後、コロナの追い風が吹き続けてくれたおかげもあって、おかげさまでフォロワーは2700人から6400人まで一気に伸ばします。

 

フォロワー6000人。有名人とまではいかないけど、ちょっと自慢できる程度くらいでしょうか。自分としても「まあギリ許せる」くらいの結果にはなりました。

 

20歳として3年生の春を迎えます。

2021.4  就活とコラボであっという間に過ぎた3年生

3年生は正直言って充実していて、あっという間でした。

 

4月から実家を出ました。そこから2カ月浅草橋のゲストハウス、6カ月ユニネストの学生寮で一人暮らし。明大メディアの広告コンテンツにする目的と、自分の好奇心から決めました。

 

就活も始めました。早めに始めたのは、自分が出遅れたくなかった不安もありますが、将来的に明大メディアで就活コンテンツを出したいと思ったためでした。

 

本当にゼロベースから始めたので、色んな企業を調べて、自分のやりたいことを調べて、ESを書き、慣れない面接を受け、グルディスで落とされ、やっとのことでインターンに参加して「なんか違う…」となっていました。

 

新卒就活エージェントのキャリアチケットさん、時間割アプリのペンマークさんの広告を出させて頂くことができました。

 

ヤケクソで就活Youtuberの動画にも出始めました。これはまともな人間からしたら実名顔出しなんて狂気の沙汰のように映るみたいです。

 

まあ、そりゃそうですよね。僕たちは、義務教育でSNSでは「個人情報の流出に気を付けましょう」と念入りに教えられてきたのですから

 

でも、あいにく僕はもともと大学生活には馴染めておらずあまり手に入れてなかったので、失うものがありませんでした。あと、僕ごときの一般人が出たところで、どんなに露出しようとみんな覚えていないんですよね。

 

あとは就活イベントや人材メディアの情勢や新卒マーケットのさまざまな事情を知ることができたことも収穫でした。

 

新歓期間にはフリーペーパー工房さんのユニゲートを紹介させて頂いたり、飲食店を紹介したり、明大祭の宣伝協力させて頂いたり。

 

ユニネスト学生寮の広告も出させて頂きました。また、そこでできた社会人との繋がりから活動がどんどん広がっていきました。

 

夏の終わりに後輩も2人入ってもらったので、今は発信を引き継いでもらおうと頑張っています。

 

ポンポンと話が進んで、人との出会いが増えていきました。

2021.12 本物のインフルエンサーと自由人を目にし、自分の小ささに打ちひしがれる現在

と、これまでが明大メディアに関連する、僕の出来事になります。2年、早かったです。

 

でもインフルエンサーにはもっと素晴らしい才能と努力と思考を繰り返して、何者かになって、経済的に完全に独立している方々がたくさんいます。半年や数カ月でそこにたどり着く人間だっています。

 

上記の文章は彼らからすると、「で?」という内容です。コスパ鬼悪い上に月10万にもなってないんですから。そもそもこのメディアで月100万とか稼げていたら、こんなにウダウダ文章を書く必要などないんです。

 

ここまで偉そうに10000文字も語っておいてなんですが、過程とかストーリーとか気持ちを綴ったコンテンツって需要ないんですよ。プロセスエコノミーだとか言われてますけど。そんなものはない。ほとんどの人間はまず最初に、圧倒的な結果を出さないと始まらないのです。

 

僕は「何者かになりたい」「有名になりたい」という思いが根底のモチベーションの意識高い系大学生でした。今もそうです。

 

しかし、明大メディアが成功したのは、自分の矮小な自己顕示欲ではなく、相手目線の圧倒的な利他の精神によるものでした。

 

「何者かになりたい」「生きる意味を見つけたい」という自分が苦しんできた、根源のモチベーションはとても空虚なものだったと、最近になってやっと、自分の中で認められつつあります。

 

もちろん、だからこそ頑張って続けられたところもあるのですが。これを生きるモチベーションにするのはしょうもないと気づけました。

 

なので、明大メディアは、今後はしかるべき情報と選択肢を学生に与えるという本来の目的に立ち返って完成させていきたいと思います。

 

プライベートにおいても自分がどうなりたいか、という部分ではなく、相手が欲しがっている者をどう満たすかという部分に着目すればおのずと生活が楽しくなっていくんだと思います。

 

もしくは、資本主義の指標に従って、もっと金になりやすくて、フォロワーが増えていくものを探していきたいと思います。

2022.4 明大メディアの今後と、4年生で取り組みたいこと

今後について。僕が引退したら、発信媒体は陳腐化して、クオリティが下がっていくことは間違いないでしょう。

 

後輩に任せて、自分の理想通りに成長し続けていってくれることが理想ですが、それは(今手伝ってくれている2人には申し訳ないけど)難しそうです。

 

自分より主体的に動けて能力がある人間を、自分のもとに置かせることはできない。当たり前なのですが。。そこまでできたら僕はとっくに起業して売却して引退できてます。

 

だから売却ができないか検討しつつ、できなければ仕組み化して工数を減らしつつ、後輩に任せながら卒業後も運営していくという感じになりそうです。

 

明大メディアを作った人間の、明大メディアに関する出来事のまとめでした。他にもみっともなく自分語りしたいことはたくさんありますが、いったん以上とさせて頂きます。

 

ありがとうございました。

大学のサークルはくだらないのだろうか。

僕はMARCHの3年生で、サークルは結果的に3年最後の引退まで所属しました。今回はよく言われている「大学のサークルはくだらないのだろうか」ということについてエントリーを書きます。

 

「大学 サークル くだらない」で検索すると、キンコン西野のオンラインサロンに入っていそうな、意識高い系の学生が書いた文章が出てきます。

 

このエントリーはそれらとは反対のことを書こうと思います。

 

1,サークルがくだらないと感じるのは、人生の意味を追っているからだ

サークルがくだらないと思ってしまうシーンを挙げます。

 

・内輪で盛り上がるためだけに作られ、消費され消えていくイベント

・サークルの形式的な業務と、交わされる形式的なコミュニケーション

・肩書や役職に関するメンバーの謎の自尊心やこだわり

・形式的な上下関係、同期意識

・何も生まない飲み会。

・謎に高いコミュニティへの帰属意識

 

身分と役職を与えられ、仕事を与えられ、人間関係と居場所を保証してくれるサークルという場所。これは、仲間と何かに向かって進んでいる気持ちを味わうことができるため、ぬるま湯のような気持ちよさがありますよね。

 

そんな中、一方であなたは、サークルの掲げる目標、雰囲気、規範に対して違和感を覚えています。

 

本質的な意義を感じられない。「ほんとに全力で努力しているのか?」。それか、「茶番を茶番だとわかって楽しんでいる自覚できているのか?」と思ってしまう。

 

高校のクラスや部活から何も変わっていない、閉鎖的で形式的なイベントの繰り返しに飽き飽きしている。

 

わかります。僕も、「みなさん初めまして!私はうんたら研究会7期の~~!」と自信満々に自己紹介をしているあの雰囲気が苦手でした。

 

どうしてそんなに自分の存在を信じて疑わないでいられるのか?

本当にその「○○研究会に所属する自分」で納得しているのか?

 

って思っちゃうんですよね。さらに言うと、「サークルだけではなく、大学には数百のサークルや体育会があり、僕たちが今集まっている小さな教室とコミュニティは、圧倒的なワンオブゼムのはずなのに、なぜそんな自信があるんだ?」とすら思ってたりするんですよね。

 

それで、あなたはそうではなくて、何かについての発信者、作者になって注目を浴びたいと思っている。何者かになりたいと痛切に望んでいる。いわば「意識高い系」大学生だとして。

 

さらに、朝井リョウの『何者』が描いたように、そうやって「なんの意味があるん?」「しょーもない」と俯瞰しているだけの人間のダサさすらも自覚していて、行動に移しているちゃんとした「意識高い」大学生だとしましょう

 

2,しかし、人生の意味を追求した先には虚無しかない

でも意識高く「自分は何者なのか」「自分の人生に意味はあるのか」を探求したとして、その先に何かが見つかるんでしょうか?それは、、とんでもないいばらの道になるはずです。

 

その道を突き進むのは、稀代の哲学者や教祖に並べる自信がない限り、やめたほうがいい。太宰治人間失格なんかはわかりやすいですが、内省を深めていった先には狂死しかないんですよね。

 

自分自身の本質的な姿というものは存在しません…インドに行こうが、世界一周しようが、そんなものはどこにもない。

 

平野啓一郎が分人という概念を用いて主張したように、自分が何者なのかを決定づけるのは、他者の存在になります。他者にどのような価値を、与えられるかによって自分というのは形作られています。

 

そうやってコミュニティや一緒にいられる人を選べる中で、あなたはサークルを選んで、その結果「違うな」と感じたのでしょう。

 

3,幸福度を上げる2つの指標

サークルがくだらないんだとしたらその代わりに、僕たちは大学生活または人生の、莫大な時間を何に使えばいいか。一つ抽象度を上げると、僕は主にこの2つの目標の達成のために使えばいいと思います。

 

①経済的な自由・独立

②半径3m以内の人間と一緒にいて幸せを感じられるコミュニティ

 

①の条件に対する具体例は、最低限の金儲け。ビジネス。

②の条件に対する具体例は、学校、クラス、部活、家族、企業。サークル。

 

ですから、サークルは②に対する施策の1つとして人生の幸福度を上げるために存在しているんですよね。

 

ほら、さっきから散々ディスっていたサークルの人たち、あなたよりずっとずっと楽しそうじゃないですか。

 

だから、そのコミュニティが何を目指してるのか、それが社会にとって役に立つのかどうかなんてのは正直言ってどうでもいいんだと思います。「共通の目的や意義を持って、仲間と一緒にいる」という感覚を共有できることがコミュニティの役割なので。

 

その共通の目的のベクトルと生産性が一致したものが、会社として存在しています。あとはそれが、宗教であったり、家族であったりもするわけです。そこに優劣は全くない。小さなコミュニティの中で幸せを感じられたなら、それを否定することがいったいどうしてできるのか。

 

例えば、もし幸せそうな父母娘の3人家族に対して、「親子関係なんて、小さなコミュニティの中での所詮おままごとだ。」「もっと社会にとって自分がどうありたいかを考えて物事に挑戦するべきだ」と言っている人がいたら、どうでしょうか。

 

「それの何が悪いの?」「何気ない日常に幸せってあるよね」「本人たちが自ら選んだなら、それでいいじゃん」って思うじゃないですか。そう、それです。

 

あなたはそれと同じことをサークルというに対して思っていて、批判していたのです。そりゃあ「まあ、確かにそういう面もあるかもしれないけど、、」「でも、そんなこと言っていいの?なんか冷たくない?」ってなりますよね。「冷たい」「変わってる」って思われるのは当然じゃないですか。それをあなたは意気揚々と主張していたのです。

 

確かにサークルなんて、本質的じゃないかもしれません。しょせんは同じことの繰り返し。季節ごとのイベント。

 

でもそんなこと言ったら、家族だって、本質的じゃないですよね。世代の再生産でしかなくて、また変わらず世代ごとの受験、就職、結婚とイベントをこなしていくだけ。

 

それに宗教だって、本質的じゃないです。神様なんていないし、意味の分からない儀式やイベントだらけ。

 

あれ?だったら、そもそも僕らが言ってた「本質的」とはなんだったんでしょうか。…残念ながら、それで人生を懸けて追求できるほど、人間強くないんですよね。。


4,資本主義を追うか、自らのアイデンティティと向き合うか

本質に最も近い疑似的な指標は、金ですよね。世の中のできる限り多くの人の課題を解決し、感謝されること=ビジネスで大成功してお金持ちになることが今のところ、誰にでも当てはまるモノサシです。

 

でも、それができない人は、できる人より劣っているってことになったとして、そのモノサシ一つだけで、僕たちは生きていけるのかというね。

 

世界は本当に広い。本当に広いです。大学の1サークルから目線を上げれば、情報があふれる世の中ですから無限に凄い人が出てきます。

 

所属しているサークルの中で

その大学の中で

東大や早慶の学生も含めた中で

日本中の同世代の中で

Z世代と呼ばれる95年以降に生まれた25歳以下の人たちの中で

フォロワー1万人以上の何者かになっている人達の中で

売上5000万円を超えている人の中で

資産が1億円超えている人の中で

日本の1億2000万人の中で

 

自分は今どのあたりにいるのか。モノサシが一つだけなのだとしたら、限りなく上が見れてしまいます。そして、知れば知るほど、あなたは自らのモノサシの下の下のほうにいることが突き付けられます。

 

そして、もしそこで自分のしょぼさに気づいて、これじゃ足りないと思ってしまったなら。ヘルマン・ヘッセも「考えたことは行動に移さなきゃ、考える価値なんてない。」とデミアンに語らせている以上、意識の高い人生を始めるしかないのです。

 

意識高く「自分とは何者か」を突き詰めた先が虚無しかない。だから、ゴールは見定めたほうがいいかもしれませんね。自分が何を指標にして、どのように生きていくのかを選択しなければなりません。

 

そうすると、先ほども言ったように経済的な最低限の独立と、幸せを感じられるコミュニティを見つけること。

 

今のコミュニティに満足できていないなら、どんな、どれくらいのコミュニティを作って、幸せを感じたいのか。そこからとるべき選択が決まってくるはずです。

 

サークルがもしくだらないと思っているなら、わざわざ批判しないでも勝手に異なるコミュニティを探しにいけばいいだけです。

 

僕もずっと1年生の時から、サークルはくだらないと思い続けて、何者かになろうと努力してきました。でも3年生になってサークルを引退して、落ち着いて振り返ってみると、あれこれと考えてしまいます。

 

サークルにくだらなさを感じている人は、そうだとして、自分の人生で何を指標に生きていくのかということを真剣に考えることになるのでしょう。

2021年、大学3年生の記録。暗闇を抜け、光が見えてきた1年

こんにちは。この記事では僕の大学3年生の振り返りを順次記入していきます。

4月

・明大メディアのサークル新歓

・明大メディアの他多面的展開

・シェアハウス入居

・就活スタート

・ゼミ1つやめる

明大メディアでサークルの新歓活動を応援するべく、4月第一週は全力で明治大学を駆け巡りました。100団体、150人くらいと1週間で話した気がします。

また広告収入を得られるようになったり他の団体さんとコラボしたりと明るい展開になってきました。noteとInstagram、LINE@も準備して臨機応変に活動を拡大していけるように準備を進めました。

大学の近く、秋葉原のシェアハウスに入居しました。今はただでさえ刺激が少ない上に、コロナで外出が減って家にこもりきりになりがち。

20歳の貴重な時間をそうやって過ごしていいのかと危機感を覚えたので、思い切ってシェアハウスに移ることにしました。めちゃくちゃ楽しいです。なんとかバイトの貯金が消える前に事業を黒字化したいところです。

就活を始めました。3年の4月はやや早いかもしれませんが、できることは全てやるのが僕のスタンスなので就活もやります。さまざまな業界の説明会に顔を出し、webテストを対策し、ESを対策し、GDとケース面接対策をすることになりそうです。やること多すぎ。

3年生の授業については、まず特に卒業要件に必要のないゼミを1つやめることにしました。興味があってためになりそうな金融系の授業を取りました。選択と集中です。3年生は少し余裕がでてきたので、事業と就活とのバランスを保ちながら単位を回収していくつもりです。

 

 5月

・シェアハウス暮らし

・就活(説明会、ES提出、Webテスト、GD)

・明大MEDIAの運営

シェアハウスでの暮らしは想像以上に濃密で有意義なものでした。

将来、生き方、大切にしていることなど抽象的な話

ゲストハウス、不特定多数の人で共同で住む生活の形

「旅人」「自由人」「お金はそこまで必要ない」といった考え方

ゲストハウスのオーナーの方は、名門大学→官僚→独立してゲストハウス&コミュニティ運営をしている方で、人生における独立、自分の事業を持つことについても意識させられました。

夜遅くまで「魂で会話する」ことができたのでマジでよかった。正直ずっと住むこともできますが、新天地に向かわねばなりません。

就活はESやウェブテストの対策を進めました。一方で自己分析や業界選び、グループディスカッションやケース面接についてはダメダメなのでこれから頑張ります。

 

 6月

学生寮に入居

・メディア事業で初の企業案件!

・あとはひたすら就活(サマーインターンの申し込み)

・大学の課題

 

新しい学生寮に住居を移しました。雰囲気としては、国際交流・旅・休学・起業・フリーランスって感じです。自分の力でビジネスをしたり好きなように生きている人たちを見ると就活することが最善なのかよくわからなくなってきます。

メディア事業で学生寮様をPRさせて頂きました。1年半近くかけてメディアを成長させ、初の企業案件を得ることができました。これをステップに事業をどんどん展開させたいです

就活がもう大変です。webテスト、ES、面接の準備と対応に時間を奪われ、グループワークや面接で不合格を突き付けられ自己肯定感を奪われ。しかも8割以上落とされるので、今までかけてきた時間ってなんだったんだろうってなります。

「そもそも自分が将来やりたいことってなんなんだろう?」

「どの業界、どの職種が将来性があるんだろう?」

と進むべき道筋や人生の展望の見えなさを直視することになり、気分が落ち込むばかりでした。また僕は不器用でマルチタスクは得意ではないので、そういった悩みや不安で脳内が埋め尽くされて、全然ほかのことを並行できませんでした。やばい。

 

目の前のことに熱中して、やっと結果が出てきたと思ったら、急に将来像やキャリアについて考えないといけなくなった。僕のメディア事業はまだこれからなのに。やっとここまで来れたのだから、目の前のことをちゃんと形にしたい。でも将来に向けて早めに動き出すに越したことはない。自分が不器用で能力がないとわかっているならなおさら。。でもそんな「逃げ」みたいな人生でいいのか?自分の道へと踏み切らないとダメなんじゃないか?

という感じでグルグルグルグル回っています。

 

7月

・就活就活

・単位取得

 

就活を引き続き頑張りました。めっちゃ落ちましたが、複数daysを3つ、1dayインターン4つほどに合格しました。

 

8月

・1day,5dayのインターン,説明会,面接,OB訪問

・色んな人に会いに行く、露出する

・明大メディア、メンバー採用

 

1/4はインターン IT企業5day,日系コンサルの1day,人材の1day,

1/4は面接×5,説明会×5,OB訪問×5

1/4は川崎さんに会う、渋谷のZ世代のポップアップストア、就活YouTube複数出演など

1/4は明大メディアのメンバー初採用

 

といった構成でした。

夏休みは特に遠くにも出かけられなかったので、半分を就活、半分を交流に費やした感じです。

インターン、説明会、OB訪問、面接

今後長く働く将来のためだと思えば就活は時間を費やすのは適切だったと思います。興味のない業界を見定めることができたり、周囲の優秀さに圧倒されたり。

 

周囲とのコミュニケーション

就活YouTubeに露出すること

多様な格上の人に会いに行く

 

明大メディア

やっぱりこれを頑張るべきだと思いました。うん。後継者を育成するとなると、大変ですが一番楽しい。

コミュニティとして成り立つ見通しも立ってきて、2年ほどで伏線が回収されつつありますね。

 

9月は明大メディアの後継者に仕事を教えてある程度のレベルにすること

特に新歓を盛り上げること

就活をボチボチOB訪問などやること

あまりだらけすぎないこと

このあたりを意識して頑張りたいですね

 

9月

・明大メディア Penmark、ユニネストのコラボ

・明大メディア、メンバーの教育・指導

・秋学期スタート

Youtubeへの露出

・就活インターンやマッチングイベントの参加

 

 

10月

・明大メディア キャリアチケットとのコラボ

・就活

 

11月

・第一志望の面接対策を死ぬ気でやる(第一週)

・第一志望のIT・広告企業に落ちて落ち込む(第二週)

・シェアハウス退寮()

・切り替え

・サークルの発表会&引退

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夏のインターンからの早期選考に臨みました。自分の運営するwebメディアの話をして、あれよあれよと進んでいきました。インターンは周囲の優秀さに凹み、事後面談や座談会を経て早期選考へ。

 

面接については、自分の準備できる想定問答などをやりつくしました。友人にも付き合ってもらいましたが、やはり根底からLINEでないといけないという思いは見出せませんでした。

 

また、選考が進むにつれて福利厚生が良く、将来安泰で、未来も明るい大企業に入れる、しかも年内内定で就活を終えられるかもしれないというリアリティが迫ってきたことは大きかったです。そこで自分の弱さが出て、面接で下手に出たり、自分の伝えたいことを無駄にオブラートに包んでしまいました。

 

年間通してわずか30人しか採用しない優良大手企業の目線に立てばと、よっぽど「この人こそLINEに入る必要があるからぜひ入れたい」と思ってもらわないと採ってもらえないということを自覚できませんでした。

 

落とされた直後のショックはけっこう大きかった。そこから1週間ほどメンタルの立て直しに時間がかかりました。

 

ただ早期から就職活動を始めた分、これまで自分を振り返る時間は数多くありました。自分はやはりメディア、コンテンツに携わりたい。具体的には広告代理店、ポータルメディア、プラットフォームの会社に行きたい。(テレビ、新聞、ラジオなどはあまりワクワクしない)

 

あとは最後まで就活を楽しみながら、納得して入社できる企業をあと半年あまりで見つけていきます。

 

 

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シェアハウスを退居しました。この2021年の半年で、ひとまず一人暮らしを経験させてもらえたことは大きかったです。一人暮らし、めっちゃ大変。だけど、超自由で楽しかったです。

 

また散歩して、杉並や世田谷の地理を理解できたことも良かったです。ずっと練馬暮らしだったので新鮮でしたし、練馬の実家の良さも再確認できました。

 

そして交流する人たちも刺激的で、何かの目標に向かって努力している人が多く、楽しかったです。起業家、フリーランスバックパック、旅など。

 

ただ旅行はあまり興味なかったのでそこで話題が合わないのはありました。世界一周、日本一周して何の意味おっとそれ以上は不毛ですね。

 

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12月

・サークル引退

・OB訪問・説明会

・忘年会など

 

 

就活は少しペースを落としつつ。日常の友人関係を充実させられた月でした。高校/サークル/明大メディア・中島・起業家/シェアハウス/就活など。人間関係が広がる広がる。LINEもインスタもメッセージで常に誰かとやりとりしています。

ここまで人生が、人間関係が開けるとは18歳の時点では想像できませんでした。ずいぶん成長したもんで、これまでの自分を誇りたいです。

 

 

1月

OB訪問

明大メディア ユニネスト記事

大学の期末課題

ピー

 

11月にLINEに落とされてガッカリしていたのですが、立ち直ってOB訪問を5人ほど行いました。就活対策に追われるのではなく、これからは本当に働きたいと思う会社の人に直接話を聞きに行きました。電通、ADEX、リクルートSMBC日興証券楽天証券サイバーエージェントなどなど

 

僕が違うなと思ったのは、

マス、大衆を扇動するような仕事

ターゲットが中高年の富裕層など限られている仕事

全国転勤の仕事

 

よりも、少し意識が高くて、だけど情報や選択肢がなくて困ってる人をエンパワーメントするような仕事がいいなと思いました

ユニネストのPR記事についてインタビュー記事を制作しました

大学の期末課題に追われました。3年生は減速してしまったので、4年制に30単位ほど取らなければなりません。卒業できるように頑張らねば

個人的なところで大きなイベントがありました

 

2月

就活・説明会・OB訪問・面接

 

ひたすら就活してました。記憶ありません。

 

3月

就活

ES・WEBテスト・模擬面接・面接を毎日コツコツ詰めてました

息抜きとしてジムに通いました。憂鬱で、大変でした。

これを6月までやるのかと思うと、本当にめいりますね。

 

2021年まとめ

今年主に力を入れたことは主に4つでした

1,就職活動

早期から取り組み、自分の特徴や将来やりたいことを見つめました。結果として、自分はやはりメディアと広告。承認欲求と探求心をベースに、人から知られること、伝えることに取り組みたいと思いました。自分は、広告代理店に行きます。

あとは就活生としてベストを尽くすだけです。

2,明大メディア

明大メディアはフォロワーが6000人を超え、収益が出て回りだしました。企業との取引などもでき、人に話すと一目置いてもらえるレベルになりました。後輩もできました。

3,シェアハウス

これも最良の選択でした。世代も職業も別で、25歳前後の人に交じって会話ができることはめちゃくちゃ勉強になります。一人暮らしの大変さも知ることができ、とても良かったです。

4,リアルな友人関係

高校の友達と会ってみたり、サークルの先輩後輩とじっくり話してみたり、と1,2年生でおざなりだった部分を取り戻すこともできました。人間はそれぞれに違う過去と重みがあり、自分だけが頑張っているといった疎外感やプライドのようなものは徐々に薄れていったように思います。

 

今年1年は、光が見えてきた年でした。さまざまな取り組みに結果がついてきたことで、「自分は何のために生きているのか」「自分はどこから来てどこに向かうのか」「自分は何者なのか」という根本的な問いに対して、現時点での納得できる答えが見つけられました。

 

そして実際の人間関係やコミュニケーションにおいても成長が見られるようになりました。結果を出し、自信をつけ、さまざまな人とまっすぐにぶつかれるようになる。そうすると、その人はまっすぐに気持ちを返してくれる。

 

オードリーの若林が言っていたように、社会が自分に背を向けているのではなく、自分が社会に背を向けていたのだということを、言葉上だけでなく実感ベースで身に着けられるようになってきました。

 

今までは「なんで自分だけ孤独なのか」「どうして人は自分のことをわかってくれないのか」「どうやったらあいつらを見返すことができるのか」といったコンプばかりが先行していました。でも、人には人の地獄があるし、大変なのは自分だけじゃないのです。

 

去年のブログを見返してみたら、とても追い詰められていて、見ていて痛々しささえありました。しかし、今の自分には「このままいけばうまくいく」「自分ならきっと大丈夫」という安心感を体がまといはじめています。仲の良い友人がいなくても、彼女がいなくても、お金がなくても、有名な企業に就職できなくても、自分ならきっとそれを突破できるという根拠のある&根拠のない自信がついてきました。

 

自分ならできる。信じて努力すれば必ず道は開ける。なぜなら自分がそうやってきたから。

 

これまでの自分を裏切らないよう、この信義を大切にして、2022年もアクティブに行動していきたいと思います。

 

もちろん大きく体調を崩さないように、自分のペースで。しかし最大限出せるスピードを出して前に進んで行こうと思います。以上!

 

2022年、21歳の目標 

・就活をやりきる

・卒論を書いて大学を卒業する 

・今しかない人間関係を楽しみながら、考えたこと全てを行動に移す。

 

2022年は21歳の年です。種をまきまくった18歳。芽が出た19歳。膨らんだ20歳。21歳は、花が咲きます。

 

ブログ開設半年の運営報告

tanakanonikki.hateblo.jp

 

ブログ半年頑張っても何者にもなれなくて絶望している記事

tanakanonikki.hateblo.jp

 

2019年、大学1年生の過ごし方振り返り(2019年2月~2020年2月)

tanakanonikki.hateblo.jp

 

2020年、大学2年生の過ごし方振り返り(2020年3月~2021年3月)

tanakanonikki.hateblo.jp

 

2021年、大学3年生の過ごし方振り返り(2021年4月~)

tanakanonikki.hateblo.jp

 

ブログを匿名で書いて鳴かず飛ばずだったので実名にした

こんにちは。このブログ「ダビデの日記」を実名にしたのでそのご報告記事です。

このブログはもともと匿名で書いていて、Twitterのリア垢などとは分けていました。しかし、今後はTwitterやブログを一つに統一していきます。なんで匿名だったのかというと、単純にTwitterやブログについて、匿名でやるのが当たり前だと思っていたからです

 

 ただリア垢というものを新しくアカウントを作って始めてみてからは、匿名とリアルを分けるのが面倒臭くなったので合体させます。 

 

正直、匿名で書いているほうが、批判される恐れも少ないし、周囲の目を気にしなくていいし、自分の中身だけで勝負できている感じがして好きでした。が、ブログは特に伸びたわけでもないし、隠す理由もないので実名に切り替えます。読んでもらえる機会が増えるだろうし、自己紹介や名刺の代わりとして機能したらいいなという思いがあります。

 

今後は不用意な発言や誹謗中傷などより気を引き締めて書いていきたいと思っています。

 

「今日はこんなことをしました、こんなことがありました、こう思いました」みたいなクソブログはこの1年でさんざん書いてきました。そしてそれがなんの需要もないし、個人を消費するだけであるということもわかりました。

 

今後ブログを書くときには、何かしらの目的をもって、読者のためになるものを書くように意識していきます。SEOとかも勉強します。

 

新生「ダビデの日記」スタートです。

山田悠介の小説『リアル鬼ごっこ』の疾走感

今回は山田悠介の小説『リアル鬼ごっこ』を紹介します。

 

この小説はホラー小説です。

 

ジェットコースター、あるじゃないですか。あれって、落下するときに一瞬だけ、内臓がフワッと浮き上がる感じがしますよね。

 

あの恐怖と気持ち悪さがジェットコースターの醍醐味でもあるわけなのですが。

 

その感触が、リアル鬼ごっこでは、ずーーーーーっと続きます。

 

あの一瞬の「あ、やばっ」ってなる恐怖が最大限まで増幅されます。そして怖いものみたさで、覗き込むように前に進んで、一気に終わります。

 

本当にジェットコースターそのもののような小説です。

 

リアル鬼ごっこ 山田悠介

 

 

西暦3000年。人口約1億人、医療技術や科学技術、そして機械技術までもが恐ろしいほど発達し、他国と比べても全ての面でトップクラスを誇るとある王国で、「佐藤」姓はついに500万人を突破した。

建国以来目立った戦争が起きていなかったが、先代の王が逝去し、次の150代目の王が即位してから状況は一変する。先代が早くこの世を去ったため、現在の王様は21歳。彼は自分勝手でわがまま、優柔不断な性格であったため、窃盗・強盗・放火・殺人まで起きるようになってしまい、国内は混乱と戦火に包まれてしまう。皇后が亡くなってからはますますエスカレートする一方だが、王様は何の危機感も持たず、今まで通りただただ優雅な日々を送っていた。

そんなある日、王様は同じ姓を持つ人間がたくさんいることに怒りを覚え、改名させればいいだけのはずなのに、「佐藤さん」を効率的に抹殺するために「リアル鬼ごっこ」なる計画を発表する。

横浜に住む大学生の佐藤翼は父親・輝彦との2人暮らし。彼が7歳の時に母親の益美は3つ下の妹のを連れ、酒におぼれて暴力を振るう父親から逃げ出していた。そんなある日、翼は新聞を読んでいる最中「リアル鬼ごっこ」のニュースを知り、否応なしに参加することになる。

リアル鬼ごっこ - Wikipedia

 

 

捕まったらゲームオーバー。残機0の命をかけた鬼ごっこ

 

本を読んでいるはずなのに、ありえないくらいの疾走感があります。この小説はそれにフルコミットしています。というか、それ以外は何もありません。

 

「終わりに向かって全力で走り出すと、今この瞬間が輝き出す」死が背後から迫っているという極限状態が今生きているという事実を信じられないくらい輝かせます。

 

稚拙だ、とかこんなのは小説じゃない、みたいな批判はすさまじいものでAmazonの評価は真っ二つに割れています。

 

ですが、この小説の持つ疾走感。エンターテインメントとしての完成度はすさまじく読書をしているはずが映画を見ているような迫力があります。

 

ぜひ読んでみてください。

 

https://www.gentosha-book.com/special_interview/yamada/

 

リアル鬼ごっこ (幻冬舎文庫)

リアル鬼ごっこ (幻冬舎文庫)

 

コンビニ人間で気持ち悪いのは主人公ではなく彼女を包む「常識」のほうである

 

今回は村田沙耶香コンビニ人間』をご紹介します。

 

又吉直樹さんの火花が受賞したことで有名な芥川賞ですが、これもまたその受賞作。

 

火花の翌年に受賞した作品です。現在まで161回の芥川賞の中で、売り上げ100万部を超えているのは10作品のみ。そしてその中で新しく100万部突破入りを果たしています。

 

「火花」のせいで霞んでいますが、めちゃくちゃ売れてる小説です。すさまじい内容でした。

 

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

コンビニ人間 村田沙取香

 

この小説の主人公は古倉恵子(ふるくらけいこ) 。コンビニのアルバイト店員です。 未婚で恋愛経験もなく36歳。

 

こうやってステータスだけを見ると、社会からのはぐれ物のように見えるかもしれません。定職にもつかず、恋愛も結婚もせず、ただコンビニでのアルバイトをし続ける未婚女性。

 

 

彼女は実際にその社会一般の女性ではないことで世間から圧力を受けます。

 

「いい年してあなたは何をやっているの?」

 

 

それでも彼女は淡々とコンビニで毎日を過ごします。社会とのズレとそれを無機質に見つめる彼女、それでも社会は回り続ける。

 

その描写は強烈に不気味です。

 

この本に対して主人公の女性が気持ち悪いという声もありそうですが、僕はそうは思いません。

 

本当に気持ち悪いのは「ふつう」「まとも」「当たり前」を悪気なく押し付けてくる社会全体のほうなのではないか。

 

彼女は彼女自体幸せな生活を送っているのです。いったいそれでどのようにして彼女を否定することができるのか。それを著者は問うているのだと思います。

 

「世間体」や「常識」の不気味さ、今の自分を見失わないことがどれほど困難なことなのかを教えてくれる小説です。

 

 

ぜひ読んでみてください。

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)