埼玉代表、浦和高校のラグビーに僕は涙が止まらなかった。【花園(2019‐20)3回戦 対桐蔭学園戦】

2019年12月27日から翌年1月7日にかけて、高校ラグビーの全国大会「花園」が開催されました。

 

第99回の今年の花園を制したのは「東の横綱」、桐蔭学園高等学校でした。その桐蔭学園に対して、準々決勝のそのひとつ前、3回戦で散っていったのが県立浦和でした。

 

今大会、僕に一番のインパクトを残した埼玉県代表、県立浦和高校について、そして1月1日元旦に行われた3回戦、桐蔭学園高等学校(神奈川)との激闘について書いていきます。

 

 

目次はこのようになっています。

 

 

この4つの条件を抱えて、花園の3回戦まで勝ち上がったことのすさまじさ。

 

それを元「せいぜい頑張って初戦突破できたくらいの」元高校ラガーマンが、熱く語っていきたいと思います。

 

決して強かったわけではありませんが、同じラグビー経験者の視点からのリアルな説明ができているはずだと思います。

 

熱く語りすぎて10,000文字超えです。浦和高校の魅力は語りつくしたつもりなのでぜひ読んでみてください。

 

 

 

浦和高校の花園出場

 

埼玉のラグビーと言ったら深谷。その強さは盤石です。毎年、決勝もしっかり点差をつけて花園切符を得ています。深谷で活躍して強豪大学に進学する人もかなり多い。

 

しかし、近年は王座が揺らぎつつあり、第97回大会では昌平高校が接戦の末、王者深谷を破って花園初出場を成し遂げたことが話題になりました。

 

hochi.news

 

このように最近は深谷一強状態が揺らぎ始めています。そんな中で今回、花園の切符を手にしたのが県立浦和高校でした。

 

部員50人で5回試合をこなす凄さ

 

浦和高校についてまず着目すべきは、部員数51人という人数です。

 

この51人というのは実はかなりギリギリな状況なんです。まずは浦和高校が「『たった51人』でここまで頑張れているすごさ」を説明しようと思います。

 

「部員が50人もいるなんてけっこうしっかりした高校じゃないか」と思う人もいるかもしれません。そんなことはないんです。50人でもギリギリなんです。

 

むしろ「たったの50人でよく頑張れている」ととらえるべきものです。

 

高校のラグビー部の部員数はほとんどその部の強さに正比例します。

 

ラグビーを知らない人に説明すると、まずラグビーは1チーム15人です。両チーム合わせて30人いないと試合ができないのですから、やたらと人数がかかるスポーツです。

 

「こいつは試合に出せる」という人間をまずは15人用意することが最低条件になります。

 

野球は9人、サッカーは11人ですから、ラグビーはやっぱり必要な人数が多い。スポーツの知名度は野球やサッカーに比べれば劣るので入ってくる部員も少ない。

 

例えば、僕の高校のころは32、3人でした。

 

一学年10人としましょう。そしてほとんどラグビー未経験者だとしましょう。

 

半年後の秋から大会です。1年生は競技を始めて半年ですから、まだ試合に出せるような人はなかなか出てきません。

 

よっぽど体が大きいか、経験者でない限り、試合には出られないのですから、まあいたとしても一人か二人です。

 

はい、2、3年生で残り20人ですね。15人がスタメンに入って、リザーブは8人必要です。ここで考えてみると、2年生3年生全員メンバー入りさせても、フルメンバーには足りないことがわかります。

 

一応、15人いるので試合に出ることは可能ですが、リザーブは三つ枠が空っぽのまま試合に臨むことになります。

 

途中交代やケガ人合わせて補えるのは5人まで。それを超えたら14人でやるしかありません。その次の試合は棄権して引退になります。

 

部員が30人いれば、サッカーも野球も、まあ人数はそろうでしょう。しかし、ラグビーでは30人程度では、そもそもリザーブまで満足に揃わないのです。

 

 

 

浦和の部員51人を考えてみましょう。3で割って一学年17人。

 

「経験者で一年生からスタメン」みたいなバケモンがたまにいることはありますが、浦和は未経験者がほとんどということで一年生はまず試合には出ないと仮定します。

 

2,3年生で34人。リザーブ含めて「最高の23人」を揃えるとして、残りの余裕は11人。

 

 

そして全国レベルになれば、ウォーターボーイ(給水係)にも得点の際に監督からの指示を正確に伝えられる上級生をあてる必要があるでしょう。二人の上級生の給水係で、残り8人。

 

あと、インフルエンザという恐怖を忘れてはいけません。季節は冬、インフルの季節です。34人もいれば絶対に一人や二人インフルになります。

 

(実際に僕の場合は3人から4人へインフルが増えたことで、春の大会の棄権が確定した経験があります。)

 

二人インフルエンザにかかるとして残り6人。

 

そして、結果的に浦和高校は決勝に進出するまでに3試合をこなし、全国で3試合をこなしました。

 

僕の個人的な体験から言うと、一試合でだいたい一人、誰かが「死にます」。

 

「死ぬ」というのは、何かしらのケガで試合中に倒れたり(脳震盪、肉離れ、脱臼など)、試合後にケガが発覚したり(爪が割れる、打撲、捻挫、肉離れなど)して、次の試合から出られなくなることです。

 

ラグビーの試合を見てもらえばわかりますが、試合中に必ず一人や二人、グラウンドで倒れます。給水係やドクターが倒れた選手に駆け寄って、何やらサインをベンチに向かって出す。そして肩を支えられて、あるいは担架に乗せられて退場する。あのシーンのことです

 

こういう時、ベンチメンバーは「あいつ死んだか?」「ァ―たぶん死んだっぽいな」とかまるで他人事みたいに話しています(笑)。いつものことですから。それで監督がグラウンドを見つめながら、「お前、出るぞ。準備しとけ」「ハイ!!」みたいな感じでリザーブがアップを始めています。

 

 

 

ちょっと道を逸れましたが、ようするに、1試合で1人は、誰かしらがしばらく試合に出られなくなるんです。

 

(試合に出るときはさながら15分の1のロシアンルーレットを回す気分です。「神様どうか僕はやめてくださいお願いします」と祈りながら、毎回試合に臨んでいたとか、いなかったとか。)

 

 

いずれにしても一試合で一人失うと考えると、5試合こなせば5人失い、全国の3回戦に臨むときには余裕のある人数はわずか1人。このように考えると、51人でもカツカツであることがわかります。試合に出せるレベルの選手の余裕はもう一人しかいないのです。

 

 

 

部員50人で全国大会出場して勝ち進んだ強さ

 

一つ目はちゃんとした試合を5試合こなすことを考えるだけで、部員は50人でもカツカツという話でした。

 

2つ目は全国レベルで勝ち進むためにも、部員数はとても重要という話をします。

 

その後、同じく筑波大ラグビー部出身でコーチから2年前に指揮官となった三宅邦隆監督は、部の伝統を引き継ぎつつ、「部員も少ないので、ケガをなるべくしないように、フルコンタクトの練習は限定的にした」と話す。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

ラグビーはそのスポーツの性質上、非常に消耗が激しく、そしてケガ人が出やすい。

 

中小規模のチームは激しくタックルをするような練習、いわゆる「強度をもった」練習はしづらいのが現実です。それこそ先に述べたようにケガ人が出て試合に出られなくなっては元も子もないからです。

 

しかし、強度を下げるほどに、当たり前ですが実戦からは遠ざかってしまいます。そんなことをしていたら埼玉で優勝なんて絶対にできません。練習でできないことは試合ではできないのですから。

 

ケガ人を恐れれば練習の強度は下がり、強くなれない。しかし、強度を上げてケガ人が出てしまえば、そもそも試合で十分戦える人間を15人用意することはできない。中小のラグビー部はこうしたジレンマに直面するのです。

 

 

またその試合中のリザーブの層の厚さという面でも部員数はとても重要です。

 

僕のいたような、中小ラグビー部の選手交代が、スタメンのフォワードを途中で交代させるなんてことはなるべく避けなければなりません。ひょろひょろの「よくわかんないけど全力でがんばります!!」みたいな一年生を投入することになってしまいますから。

 

中小ラグビー部は、交代させると選手のレベルがガクッと下がってしまうのです。選手層が薄いとそういう脆さが生まれてしまうのです。

 

とくに背番号の1から3番(フロントロー)の選手。彼らはポジションの性質上、とくに消耗が激しいため、途中で交代させてあげるのが理想です。

 

(かつてメンバーがギリギリだったせいでで1番で60分間、フル出場するはめになった先輩がいました。その人は「次の日はベッドから全く動けなくて一日中天井を見ていた」と話していました。1、2、3番の選手をフル出場させるということはそれだけの負担を強いるということであり、選手交代が不可欠なのです。)

 

そしてやっかいなことに、1から3番には一番大柄でパワーを持った選手でないといけません。そういうナンバーワンのプレイヤーを交代させて、同じくらいの大柄の選手を投入することが層の薄い中小ラグビー部にとってどれほど困難なことか。

 

 

一方で、強豪チームは違います。部員が70人を超えるあたりで、1軍の下に2軍を用意できるようになります。

 

ケガ人が出ても、インフルエンザがはやっても、すぐに2軍のそこそこ上手い選手を引っ張ってくれば穴を埋めることができます。

 

フロントローも試合途中で3人とも交代させて、また90キロ級の選手を新たに投入できます。

 

人数が少なくても強いチームがある

サッカーが出来る人数は、11人ですので、最悪11人いれば試合に出場することが出来るのです。高校などで、新設校のタイミングで部員数が少ない学校が全国大会で勝つ場合もあります。なので、人数が多いチームが必ず勝つというのが無いのがサッカーのおもしろいところです。

 

引用元 サッカーの人数は、11人だけじゃない! | 調整さん

 

サッカーだとこういう逆転劇があるのかもしれませんが、ラグビーはないんですよね。こういうの。部員数は部活の戦闘力にそのまま直結します。だいたい70人くらいまではほぼ確実に部員が多いほうのチームが勝つと考えていいでしょう。

 

 

中学以前のラグビー経験者がほとんどいない花園出場校

 

 

そして次に浦和高校で驚くべきは、中学以前からのラグビー経験者は今大会では各学年ごとに一人ずつ、合計3人しかいないということです。当然スポーツ推薦なんてありません。

 

ふつう全国大会に出場するようなチームには、だいたいラグビーを幼少期からやっているような人がゴロゴロいるものです。中学校や小学校にはないので、地域のラグビースクールに通っていることが多い。

 

ラグビーのトップ層はだいたい英才教育を受けているんですね。高校ラグビーのトップ層も、幼少期からボールといったら楕円級が当たり前といった感じで育ち、ある程度の経験とセンスを備えて高校へ入ってくるのです。

 

ラグビーマガジン(日本のラグビー雑誌)の選手名鑑などを読んでみればわかるのですが、プロの選手はだいたい「~~RS→〇〇高校→××大学」となっています。小中はラグビースクールラグビースクール)に所属して、強豪高校で活躍。そして強豪大学へとスポーツ推薦で進み、トップリーグへ所属、というのが王道でしょうか。)

 

楕円の形をしたボールは扱いに慣れるまである程度の時間がかかります。ラグビーボールの不規則なバウンドを自在に操ったり、長くて速いパスを放れるようになるにはかなりの練習と慣れ、そしてセンスが必要になります。

 

そういう「センス」は幼少期、つまりラグビースクールで形成されるのです。

 

 

 

 

実際にラグビーで相手と戦ってみればわかるのですが、そういう「センス」を持った人間が一人いるチームはそうでないチームとはだいぶ違います。

 

いわゆるチームの指揮者。タクトを振る人間です。彼が腕を振ることによって、見えていなかった道筋を指し示され、チームがその方向へダーッと突き進んでいくような。そういうプレイヤー。

 

僕のチームにもそういう「センス」のあるやつがいて、とても非常に頼もしかったのを覚えています。

 

 

 

 

空いているスペースを見つける視野の広さ

ルールに反しないことはなんでもやる精神、

こちらを有利に印象付けるようなレフリーへのアピール

ペナルティをもらった時の強気だけれど賢明な状況判断

最善と自分が判断すればチームの方針に反してでも独断で決行できる思い切りの良さ

などなど、彼らのおかげで突破口が切り開けた局面は僕も何度も経験があります。

 

そういうセンス、高校や中学から始めた人間にはないものがラグビースクール出身者にはあります。

 

ですからそういった経験者がほとんどいない中で県大会で優勝して、全国大会で3回戦まで進んでいる浦和は本当に尋常ではないんですね。

 

センスがないなら、運動量や規律、そして一人一人の肉体強化で補うしかありません。才能が足りないのですから、凡人ができる努力を人並み以上にやらなければいけません。その努力を少しでも怠った瞬間に負ける。すさまじい神経戦でもって勝利をもぎとってきているのです。

 

浦和はそういう道を進んで、勝ってきたのです。

 

 

「公立の」「超進学校」という花園出場校としての異常性

 

そしてさらにもう一つ浦和高校で注目するべきは、こちらは勉学に極めて優れた進学校であるということです。

 

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「埼玉 高校 偏差値 ランキング」の検索結果

埼玉県の高校偏差値ランキング 2020年度最新版|みんなの高校情報

 

早慶の付属校は例外として、事実上の埼玉地域でほぼ一番の進学校。2019年の東大合格者数は41人。全国の公立高校東大合格者数2位。これは日比谷高校に次ぐ進学実績です。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

東京の公立進学校ラグビー部なんて全然まだまだです。日比谷、都立狛江、都立北園などは健闘していますが、それでもなんとかベスト8くらいが現状です。

 

 

一方で、私立高校の子供は小さいときからラグビースクールなんかに通ってセンスを磨き、中高と人工芝のグラウンド、充実したウエイトトレーニング施設で練習しているのです。

 防御で勝負。43年ぶり埼玉県新人大会優勝の浦和高校、全国選抜の準備すすめる。

 

 

 写真 引用元 

防御で勝負。43年ぶり埼玉県新人大会優勝の浦和高校、全国選抜の準備すすめる。 | ラグビーリパブリック

 

 

自分も私立高校のラグビー部でしたので人工芝のありがたみはよくわかります。ラグビーは地面に転がるプレーが増えてしまうので、そこが土だと結構きつい。

 

 

土のグラウンドだと、ジャージをまず軽く洗面台で水洗いして、土を落としてから洗濯機に入れないといけません。

 

擦り傷をするとウイルスが入りやすい。

雨上がりにはグラウンドはドロドロで使い物にならない。

スパイクの裏に土がこびりついて部室が汚れやすくなる。

風が強いと土が舞って目が殺される。

 

人工芝にはこのようなことが一切なく、私立高校ラガーマンはノンストレスな環境を享受できているのです。

 

人工芝だけでさえこれだけの差があるのですから、全体でみれば、公立高校は背負わされているものの重さがだいぶ違うことがわかります。

 

 

追記 浦和高校は2019年からグラウンドの人工芝化に動き出したようです。ぜひ実現してほしい。応援しています。

教育環境整備基金 - 埼玉県立浦和高等学校

 

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浦和は本当にすごいです。語彙力がなくて申し訳ないんですが本当にすごい。砂場でタックルの厳しいタックルに励んで土まみれになりながらの練習。そして同時にさらに難関大学への進学を目指して勉強もする。

 

 

繰り返しますが、浦和高校はあくまでも進学校です。花園が終わったあとには部員のほとんどが大学入試を受けます。

 

 

ラグビーは冬のスポーツであるため、引退の時期が極めて遅くなります。今回の浦和がまさにそうなったのですが、ベスト16まで勝ち進んだら年を越してしまいます。年越しですよ、年越し。

 

サッカーや野球は全国大会に出場したとしても、7月8月には引退でき、そこから受験に向けてフルスロットル、ということが可能です。

 

まだ大丈夫。受験まであと半年残されていますから。

 

しかし、ラグビーはどうでしょう。年越し。そして一月に引退。

 

そうしたらその時点でセンター試験までにはもう2週間前ですよ。残酷すぎませんか

 

 

12月1月までやるとなったら諦めて浪人覚悟で部活に打ち込むか、春の大会で引退して秋の本番を2年生に託すくらいしかありません。

 

(実際都内には、春の大会で3年生は引退と決めて、秋の大会は2年生主体で挑み、それでも続けたい、と希望した3年生有志が残る、みたいな形をとっている高校もあります。)

 

 

そのようなまさしく無理ゲーと言っていい状況下で、学業と部活を両立しようとしている県立浦和は本当に素晴らしい。不可能を可能にしようとする浦和を僕たちは見習わなければなりません。

 

 

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(しかしこれは制度的な問題であるとも思っています。大学受験が最後までやり切りたい高校ラガーマンにとって冷たすぎる。試合時期をもっと早めに前倒ししたり、全国大会を省略したりする形も検討するべきです。彼らをほめたたえるだけでなく、彼らの環境を整備する必要性から目をそらしてはなりません。)

 

 

ここまで県立浦和が3回戦まで進んだ背景を中小ラグビー部の現実と絡めてお話してきました。ここからはその3回戦について書いていきます。

 

先にも述べたように、1月1日元旦に行われた神奈川県代表桐蔭学園と埼玉県代表の県立浦和高校が今大会のベストマッチでした。

 

花園の決勝や準決勝ではなく、あえて三回戦を選んだのは、この両校の持つ対照的な背景に注目したからです。

 

3回戦 対桐蔭学園戦で起こったドラマ

 

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www.mbs.jp

 

桐蔭学園高等学校

 

対戦校の桐蔭学園高校について。

 

桐蔭学園は、全国的に名を知られる私立のスポーツの強豪校です。

 

他の競技においてもサッカー・野球・柔道など全国優勝を経験している部活を多く持ち、全国からスポーツに優れた人材が集まってくるような学校です。

 

特にラグビー部は強豪として知られ、部員は超大所帯の約100人、花園には直近10年間で9回出場しており、神奈川では圧倒的な地位を築いています。

 

 

 

桐蔭学園 1964年(昭39)に男子校として創立。81年女子部設立。ラグビー部は64年創部、部員数は94人。花園は優勝2度、準優勝5度。野球部やサッカー部も全国レベル。ラグビー部の主なOBに松島幸太朗サントリー)、佐藤大樹、小倉順平(NTTコム)。プロ野球の元巨人高橋由伸、元阪神平野恵一、俳優織田裕二、医師でタレント西川史子らも輩出。生徒数男子2020人、女子1290人。所在地は横浜市青葉区鉄町1614。岡田直哉校長。

 

引用元 

 

www.nikkansports.com

 

 

あなたの高校一クラス何人で1学年何クラスありましたか?全校生徒3000人を超える超マンモス校です。1学年1000人。40人クラスとしてなんと25クラス。1年25組とかまであるわけですよ。(もちろん目指す大学や文理系、スポーツ特進クラスなどいろいろ分別があるのでしょうが。)

 

母数の大きさとスポーツ推薦があればそりゃあ強くなりますよね。

 

花園3回戦は、この超がつくほどの全国的なスポーツ強豪校と、超がつくほどの全国的進学校が花園で激突した点に意味があります。

 

 

超強豪校相手の激闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

78-5

 

 

 

 

 

 

 

 

このスコアを見ると、「ああ、一方的な試合だったんだな」と思うのではないでしょうか。いえいえ。まったくそんなことはありません。それは試合を見ればわかります。

 

www.mbs.jp

 

県立浦和の強みは強固なディフェンスです。二人で両脇から挟むようにタックルして仕留めるダブルタックルが徹底されています。

 

ダブルタックルというのは、二人がかりで一人のプレーヤーを止めるプレーです。これは当然、次のフェーズで人が一人足りなくなってしまう手間のかかるディフェンスなんですね。

 

そして、それを補うためには、タックルしたらすぐ起き上がって次のタックルに行くという豊富な運動量が求められます。

 

つまりこれは、一人一人のポテンシャルでは強豪校にかなわないので、それを運動量で補おうと試みているのです。ダブルタックルは非強豪校がとることができる数少ない選択肢の一つです。

 

一方で桐蔭学園の強みは、圧倒的な攻撃力とその継続にあります。桐蔭学園はキックを蹴ることがとても少ないチーム。

 

パスとランと個人のポテンシャルを生かしたダイナミックなアタックと、ミスなく常に自分のターンで畳みかける安定性が特徴的です。

 

いわゆる「点の取り合い」のような試合になったときに桐蔭学園の右に出るものはいないでしょう。

 

前半は県立浦和のディフェンスが光りました。低いタックルが徹底されており、15人がタックルしても2秒以内にすぐに起き上がって次を見る。

 

跳ね飛ばされても2人目3人目がすぐにサポートに入り、突き刺さるタックルを連発する浦和のディフェンス。

 

本当に鬼気迫るディフェンスでした。自分も経験しているのでわかりますが、後退しながらのディフェンスというのは本当に体力を消耗します。

 

撤退する軍隊の一番後ろについて、敵の追撃の相手をする「しんがり」は、一番戦いに優れた兵士が務めます。

 

そしてメンタルはそれ以上に消耗します。体のぶつかり合いによって本能的に「こいつには勝てない」と悟ってから攻撃をしのぎ続けるのは、肉体的な疲労以上のものがあります。

 

立ち向かっていくけれども戦意喪失状態になることを僕は経験しましたし、相手チームの戦意喪失の様子が見えてしまったことも何回かありました。

 

そのぐらい、劣勢のディフェンスというのはきついものなんです。

 

そんな状況の中でも何度前進されても、急いで後ろに下がって、ボールアウトと同時に一線になって飛び出す浦和。突き刺さり、はじき返され、はね起きてまた次へ。15人がこの試合にすべてを賭けて戦っているということが画面越しでも伝わってくるのです。

 

あの桐蔭の高速展開ラグビーに5フェーズ、10フェーズと食らいついている様子は執念そのものでした。涙ぐみながら試合を見つめていました。

 

しかし、桐蔭も素晴らしかった。連携、テンポのいいアタック、相手を待たない速さ、些細な穴も見逃さず突いてくる。個々の身体能力で小さな穴もこじ開ける。

 

ボーナスポイントのようなゲインを片っ端からもぎ取っていく。特に11番のランは誰にも止められない力強さがありました。全員のポテンシャルと精密な連携が組み合わさって、矛になって連打を仕掛けてきました。

 

 

結果的に浦和の失点は78点に及びました。しかし、浦和のディフェンスが真ん中から破られることは試合通してほとんどありませんでした。

 

 

得点が生じたのは、人数が余ったことによる外展開、個人技による強引な突破、ラック横の持ち出しなどがほとんど。

 

正攻法同士の戦いではお互いに譲らなかったが、相手の隙をつく視野の広さ、些細なミスから個人の工夫でこじ開ける桐蔭の器用さが、得点につながった印象です。

 

 

番外編 浦和が唯一奪った5点がもつ意味

 

そして最大の見どころは後半12分の浦和が5点を奪ったモールでした。桐蔭学園は常にボールを持って攻め続けるチームであるため、相手ボールになったら基本的に得点するまで攻撃は終わりません。

 

 

キックを蹴らないのですから、マイボールにならない。桐蔭のラグビーは「ずっと俺のターン」なのです。

 

 

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このモールは浦和にとっては唯一と言っていいチャンスでした。

 

 

浦和の被得点から、浦和ボールでキックオフ。

相手ボールで自陣からでも攻めようとする桐蔭。

浦和は激しいタックルで前に出させない。

桐蔭は粘られて痺れを切らして陣地を挽回するためにタッチに蹴りだす。

浦和はそこにも全力で4人がかりでキッカーにプレッシャーをかける。

 

 

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10m付近でのマイボールラインアウトとなりました。

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これが試合中の数少ない桐蔭の「キック」でした。「ターン」が浦和に回ってきたのです。

 

県立浦和はそこからモールを組むことを選びます。

 

 モールは個人の技術の要素が少なく、しっかり組み合って前へと押し込む団結力の戦い。個人同士の土俵で戦わず、互角に戦える集団としての土俵で戦いに持ち込む。

 

57点という逆転不可能なビハインドの中でも、浦和はしっかりと最善策を選びました。

 

高校ラグビーあるあるなのは、こういう絶望的な点差にも関わらず、なんとなくバックスに展開したり、ハイパントやキックパスをやけになって試みること。

 

しかし、浦和はぶれずにその状況下での最善策をとっています。まったく心が折れていない証拠です。

 

 

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浦和はそこからフォワードバックス関係なく、15人ほとんどがモールに参加してゴールラインを割ります。30m近く前進してのトライでした。

 

 ラグビーワールドカップ2015の南アフリカ戦も同じでした。ほぼ全員でモールを組んで押し込んだ末にトライを奪ったあのシーンを覚えているでしょうか。

 

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ラグビーにおいて、個々の身体能力で劣る相手にあらがう手段というのは本当に少ない。

 

そのほぼ唯一といっていい手段がモールなのです。

 

 

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数少ないチャンスと、残された数少ない選択肢を選んで、得点に結びついたあの瞬間。

 

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僕は涙が止まりませんでした。

 

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この日、県立浦和は運営の想定を上回る応援者が来場したため、当初は小さな第三グラウンドでやる予定だったものが、一番大きな第一グラウンドで試合がおこなわれることになったのでした。浦和の応援で満たされたバックスタンドは沸きに沸きました。

 

(追記:この記述は間違いでした。その前日の2回戦でグラウンド変更があったようです。)

 

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トライしたのは8番です。浦和の主将です。フォワードの取りまとめ役のポジションで、チームのリーダーが桐蔭に一矢報いるというのも本当に泣ける。

 

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きっと県立浦和の応援に来ていた人にとっては本当に胸にくるものがあったはずです。大舞台である花園の第一グラウンドで母校が、あの桐蔭学園に、一矢報いるのを見届けることができたのですから。

 

腕で涙をぬぐいながら肩を抱き合って、自陣へ戻っていく浦和の生徒を見て涙が止まりませんでした。

 

(そしてトライした直後にすぐ全員が立ち上がって、喜びを最小限に抑えて小走りで自陣に戻っていくところも泣けます。そうです、まだ試合は終わっていないのです。)

 

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その後も桐蔭学園は多彩な技を駆使して、無慈悲に浦和のディフェンスを破り続けます。

 

最終スコアは78-5。圧倒的な大差です。得点だけをみれば、一方的な消化試合のように見えるかもしれません。

 

しかし、そこでは、すべてを失ってでも相手を止めようとした浦和のディフェンスと、それを全力でもって叩き潰した桐蔭学園のリスペクトに満ちた戦いがありました。

 

そして、78-5の、浦和の5点という数字に込められているのはただの1トライではありません。この5点は、数少ないチャンスに対して、自分のチームが持てるものすべて、文字通りのすべてを賭けて全員でもぎ取った5点だったのです。

 

 

 

おわりに

 

 

その後桐蔭学園は準々決勝で去年の覇者、大阪桐蔭を一蹴。

準決勝で96回大会優勝の東福岡を倒し、

そして1月7日の決勝で、奈良の御所実業高校を破って優勝。

 

 

桐蔭学園、過去7回の準優勝を経て、初の単独優勝です。

 

 

 

華々しい優勝を飾った桐蔭学園ばかりが注目されますが、3回戦で挑んで散っていった埼玉の進学校との試合に、自分はとても勇気づけられました。そのことを、伝えたかったのです。

 

高校ラグビーの醍醐味です。

 

トップリーグのほうがもちろんレベルが高いし、海外のスーパーラグビーなどのリーグを見れば、レベルも体格もさらに上がります。

 

ハイレベルな戦いなんていくらでも見ることができます。

 

それでも、花園には花園だけの魅力があります。

 

 

 

必死で、全力で戦う人間のカッコよさ、スポーツのすばらしさ。

 

 

 

そして、自分も負けられない、と思わせてくれる花園が僕は大好きです。